November 26, 2012

30年の長さ。


5年ぶりにアフリカから帰国して、また都内で暮らし始めるために一月余り右往左往していたのですが、まだ実家には顔を見せていなかったので九州の地元に帰省してきました。

*   *   *

実家の近くで、思いがけず小学校の時の同級生のお母さんと会う機会がありまして。その同級生は引っ越しをしてしまっていたのでそれこそ小学校の時以来会っていないし、当然その同級生のお母さんとも会っていない。30年くらい会ってなかったのか。

「あらー、久しぶりねぇ。どうしとったと?今どこにおるとね?」
「東京です。先月から。」
「まあー、遠くて大変やねぇ。みんな寂しがりんしゃろう?」

そうか、東京は遠いのだ。「東京です。先月から。」というのは「先月まで海外、それもアフリカだったんですが、帰国して今月から東京で、近くなりました。」というつもりで話そうとしていたんですけど、「遠くて大変やねぇ。」と返されたところで、その先の話を継ぐことができませんでした。

*   *   *

「遠い・近い」、「大きい・小さい」、「早い・遅い」、「高い・安い」。言われてみればみんな相対的な程度を表現する言葉で、同じような基準を共有していないと表現は一致しないわけでして。

小学校の頃は、隣近所に住んで同じような生活をして、私とその同級生のお母さんの見ている世界に大した差はなくて、「基準」も同じようなものだったんだと思う。小学生の私にとって、確かに東京は遠かった。

そして約30年。言葉の端々から、私の「基準」はその同級生のお母さんの理解の域を超えていることがうかがえて、30年という月日の長さを噛み締めることになりましたよ。

しかしまた、30年を「長い」と見るか「短い」と見るのかもまた、相対的なことではあるんですけどね。